ダルマスカ王国の都ラバナスタ。
人々の歓喜に包まれ祝福の最中にあったのは、
王女アーシェ様と隣国ナブラディアの王子ラスラ様―
互いの国同士が結束を強め、この国が東西の強国に対抗するための希望だった。
しかし、それは人の見た儚い幻だったのだろうか−
discolor
同盟国式典からわずか1週間後に起こった悲劇−
ラミナス王から捧げられた剣を翳し王子ラスラによって高らかに掲げられた志と咆哮。
目の前に在った筈の希望は絶望へと掏りかえられた。
我々が今、目にしているもの―――――――現実はこれだ。
遠ざかる城と永い永い地下への道。−そしてその先を隔てる無数の敵。
急がねばならなかった。
謀られた調印式、信じていた仲間に裏切られた今。
失望しきったこの世界でこの国を取りもどすための唯一の希望がアーシェ殿下だった。
しかし脱出する際老朽化した用水路の一角が崩れアーシェ殿下と行路を分断されてしまったのだ。
焦る気持ちを抑えながら立ちはだかる敵を倒そうと戦闘態勢へと入ってゆく。
背に手を回し自分の背丈の3分の2は占める大剣を真っすぐ相手に向けると強く一歩を踏み出した。
宙に浮いているのが水滴か、はたまた相手の血か判断がつかない程剣を振り続けた。
そして、辺りは徐々に静けさを取り戻し己がつくり出している水を歩く音と呼吸の荒さだけが耳に届いた。
「これで全部か・・・・」
ゆっくりと最後に深呼吸し、歩き出そうとした瞬間だった−−
パシャン−−−と。
自分以外は居ないと思っていたその足元に広がってくる水の波紋。
意識がその方向に向いてしまい背後に感じた魔物の気配に気づくのが遅れてしまった。
しかし、振り向いた時には既に魔物の姿は炎と共に消えさろうとしていた。
残響が地下道にこだまし辺りを包む水蒸気と煙が徐々にひいていく。
−そして現れたのは一人の女−−
その人物は今の状況下で口元に笑みを浮かべながら小さく呟く。
「見つけた」
咄嗟に身構え相手を見据える。しかし相手は変わらずその表情を保ち続けている。
「貴様、何をしている」
「散策です」
「何者だ」
「勿論、ダルマスカ人です」
「馬鹿にしているのか・・・」
恐がる素振りも見せず、そこにいるのが当然だと云わんばかりの態度に
怒りを表すウォースラは剣を構えなおし睨みつける。
それに気付きは挑発的で決定的な一言を口にする。
「祖国復興のためなら殺しますか?」
「!!何故、、、」
「やっぱりこの情報は当たりか。。。危険とはいえ来た甲斐があったわ」
「何者なのだ貴様は!!」
「私の名はと言います。解放軍に入れてもらう為ここまで来たんです」
突然で簡潔で簡単な理由―こうなることを知っていたかのようなその言葉にカッとなり言葉を荒げるウォースラ。
「ふざけた事をッ」
「それともダメな理由でもあるんでしょうか。民間人は対象外・・・かしら」
「貴様と話している時間は無い!」
「あなた方の動きを掴んだ情報収集力は認めてもらってもいいと思いません?」
「混乱している状況に付け込んだ訳か・・・」
「役に立つと思いますけど」
「諸刃の剣に用はないッ」
「そうですか、なら今アーシェ殿下が何処にいるかも関係ない、という事でしょうね。残念です」
ウォースラから目線を外し背中を向け歩き出す。
込み上げる怒りの感情を押し殺しその動きを止めようと言葉を発したウォースラ。
「―ッ・・・・・・・・・待て」
「交渉成立、そう解釈しますから」
一体何を根拠に信じれというのだ。突如現れた見知らぬ人間を今のこの状況で。
解放軍に一般人が自ら志願してくるなど。
確証がもてないばかりか素性も身元も一切分からない。
知っているのはという名前だけだと言うのに。
止むを得ない状況とはいえ余にも無謀で危険な行動だったと今更思う。
自分の不甲斐なさに漏れるのはため息とその者に対しての中傷ばかりで−
「とんだ厄介者だ」
自分の非を消化できずそれに反抗しているのは俺一人。
己の考えとは裏腹に仲間はに対して柔和だった。
むしろそうさせられているかのようにとけ込んでゆく。
最初の頃は皆も遠巻きに疑いの目を向けていたが、
彼女は積極的で好奇心旺盛、いつも笑顔を絶やさなかった。
無碍にされてもまた話しかけたり、誰かが困っていれば助けたりと屈託する事がない。
そして、その場を和ませる笑みやその容姿も重なって、
腕の立つ情報収集として今では解放軍に必要な人物となっていた。
とかく最初こそ反発していた自分も時間を共有し共に生活する事で彼女の働きにも一目措き、
結局はその存在を受け入れているのだから。
コツコツと近寄る足音に顔を上げずにウォースラは黙ったまま机に向かっている。
「またそんな訝しげな顔して」
「・・・・何だ、か」
「何だ、って失礼ねウォースラ。地図とにらめっこしてて楽しい?」
「その言い方が失礼だ」
「苛々しないで。はい、これあげるから許して下さらない?」
テーブルに広げていた地図をつくねられ、その上に置かれたのは皿に盛られた小さな果物。
は息をついて椅子に腰掛けウォースラの顔を見つめている。
「見かけと中身は違うわよね」
「どういう事だ」
「言ったら怒るから言わないわ」
頬杖をついて相手の為に持ってきた果物を指先で摘み反対に座るウォースラの顔に重ね合わせては微笑む。
それを見てピクリと眉を動かした彼の仕草を見て、そ知らぬ顔をしてその果実を口に入れた。
「。。。。ならどうして喋った」
「強面な誰かさんの好きなものは、意外な程可愛らしいからよ」
「」
「ほら、怒った。」
そんなやり取りをしているのも、いつの間にか日常になり気を張った毎日の中での息抜きの時間。
誰かと話す時、その間に何らかの壁を作るが、いつも彼女はその壁を中和し言葉を飾ることもせず楽しそうに話をする。
「でも地図って見てると楽しいわよね。ここがどんな所か想像したり、
いつか行ってみたいなとか考えたり。まぁ、今の状況ではそうはいかないだろうけれど」
「楽観的でお前らしいな」
「そう?世界が平和になればウォースラだって旅をしたいと思うんじゃないかしら」
「未来など、今を考えるだけで俺は精一杯だが」
「今を考えるのは未来があるからじゃないの?」
「・・・・・・・・・そう、か」
確かに言われればその通りなのだが、は何処かが常人とは少し違う感覚を持ち合わせているように思える。
時折発する言葉の為か同じ歳頃の者と見た目は変わらないのにその言葉や行動は落ち着いていた。
だからなのか、ゆっくりと流れる時間を心地よく感じてしまうのは。
「あ」
「どうした?」
「こんな時間か、もう行かなきゃ」
「仕事か?」
「ええ」
時計に目をやったが、もう一粒果物を口に詰め席を立った。
「今日も忙しそうな気がする」
は情報収集を兼ねて夜は酒場で労働している。命令した訳ではなく自主的に始めた事だった。
「あまり無理はするなよ」
「大丈夫、元気がとりえだもの。それに無理をするのはウォースラの方でしょう?」
「無理はしても無謀な事はしない」
「それならいいけど、無理し過ぎて倒れたりしないでね」
「無論だ」
「じゃ、行ってきます」
「ああ」
そう言って解放軍のアジトを出て行くの後姿を見送ると目の前の景色が変わって見えてくる。
彼女がいた時はもっとこの場が色づいていた筈だったと気付くのはいつも居なくなった後。
テーブルに置かれたままの果物だけはまだ鮮やかで、
それをウォースラは一粒口に含みながらまた一人地図を広げた。